6. モリブデンのカルボニル錯体の安定性
<アーギュメント>
モリブデンは周期表で第6族に属し、価電子を6個もっている。
一酸化炭素分子は、遷移金属原子に配位するときには
二電子供与体となる。いまMo(CO)7について考えると、
価電子の合計は6+(7x2)=20となる。
したがってMo(CO)7は安定とは考えられない。
<問>
このアーギュメントが基づいている前提は、次のうちのどれか?
A Mo(CO)6は価電子を18個もち、きわめて安定である。
B 遷移金属化合物で価電子数が19以上のものは、
ほとんどの場合きわめて不安定である。
C 配位子としての一酸化炭素はπ受容体である。
D 六配位化合物のほうが、七配位化合物よりもずっと安定である。
E Mo(CO)7は八面体化合物ではありえない。
<解答>
正解はBだと思う。
このアーギュメントは
「Mo(CO)7は荷電子が20個だから安定とは考えられない」、つまり
(モリブデンのカルボニル)錯体が安定かどうかは価電子の数による、
と言っている。
この時点で、C、D、Eは対象外となる。
残るはAとBだが、
Aは、「荷電子が18個以外のとき錯体は安定か?」という問いに対して
答えを持っていないように思えた。
というわけで、B。
Cは正しい。でもこのアーギュメントとは関係ない。
Dも正しい。七配位化合物は六配位化合物に比べて
対称性が低く、軌道エネルギー的にも不利。
だから、七配位化合物は六配位化合物に比べてずっと数が少ない。
でも、このアーギュメントでは配位数と錯体の安定性については言及してない。
Eは、たとえば、八面体化合物以外は不安定である、とかいう前提でもないと
Mo(CO)7が八面体化合物ではないから何なのか? がわからない。
※18電子則(オクタデセット則)とは、
典型元素のオクテット則に相当する規則で
「価電子の合計が18個(octadecette、d10s2p6)だと
最外殻電子構造が希ガスと同じなので錯体は安定になり、
それ以外だと不安定になる」というものである。
たとえば[FeIII(CN)6]3-は価電子の合計が17個で、
酸化剤としてはたらく。
また[CoII(CN)6]4-は価電子の合計が19個で、
これは還元剤としてはたらく。
この18電子則は遷移金属化合物一般に言えるが
CO、NO、CN、NCなどのπ受容体配位子をもつ錯体で
その傾向が特に顕著である。
4. アルカンの命名法
<アーギュメント(改)>
分枝構造をもつ脂肪族炭化水素(アルカン)の系統的名称は、
最も長い炭素鎖を基準とすることになっている。
側鎖はアルキル基として表現し、
その側鎖が結合している炭素鎖の炭素原子の番号を
頭につけて示す。
一般則として、数字ができるだけ小さくなるようにする。
そうすると、上に示した炭化水素の系統名は
2,4-ジメチル-5-エチルヘキサンとなる。
<問>
このアーギュメントが誤りであることを
最もよく表現しているのは、次のうちのどれか?
A このアーギュメントは正しい。
B 正しい名称は、2-エチル-3,5-ジメチルヘキサンである。
C 正しい名称は、2,4,5-トリメチルヘプタンである。
D 正しい名称は、3,4,6-トリメチルヘプタンである。
<解答>
正解はC。
このアルカンの最長炭素鎖はヘプタンである。
したがって、AとBは誤り。
番号の振り方だが、
「数字ができるだけ小さくなるように」という一般側に従うと
DよりCの命名法の方が数字が小さくなるので、Cが正しい。
有機の初めの頃の授業で、こんな問題をよく解いた。
ドイツで自分が習った命名法、とくにアルケンとアルキンの命名法は、
日本で習ったのとは違っていて、
たとえば2-ButeneではなくBut-2-eneみたいに
官能基の結合している炭素原子の番号は
官能基を表す接尾語の直前につけるようだ。
確かに、この命名法は
一つの分子に複数の官能基が含まれている場合、わかりやすい。
別にここ数年で変更されたわけではないようなのに、
どうして日本ではこの命名法を教えなかったのだろう。
But-2-eneだと日本語で表記しづらいからかな。
2.希釈したHClのpH
<アーギュメント>
水溶液のpHは、水素イオン濃度の負の対数にほぼ等しい。
塩酸のような強酸は、水のなかではほぼ完全に電離する。
そこで、もし0.1 molのHClを含む1dm3の水溶液を考えると、
このなかの水素イオン濃度は 0.1 mol dm-3となるはずだから、
この水溶液のpHは正確に1となるだろう。
この水溶液を正確に10倍に希釈したなら、pHは2になるはずである。
そして、もとの溶液を106倍に希釈したら、
pHは7にきわめて近い値となるだろう。
<問>
このアーギュメントが誤りであることを最もよく表現しているのは
次のうちのどれか?
A HClは水溶液中で100%電離することはない。
B pHは水素イオン濃度ではなく、
水素イオンの活量濃度によって定義される。
C この系の水素イオンの源はHClだけではない。
D 水素イオンは水溶液中には存在しない。
正しくはオキソニウムイオン(H3O+)として表される。
E 水溶液中の塩化物イオン(Cl-)は10-7mol dm-3ほどの低濃度なので、
pH測定に際して、その影響は無視できる。
これは、Cでしょう。水の電離でもプロトン生成するもん。
A. これ、アーギュメントの前提を否定してますけど?
B. 正しいけど、希釈した溶液中では活量濃度=濃度と考えて
差し支えないと思う。希釈溶液中ではイオン同士は干渉しあわないから。
D. これも正しいんだけど、このアーギュメントとは関係ないよね。
E. [Cl-]はpH測定には直接関係ないかな。
それと対になってる[H+]は大いに関係ありだけど。
また、塩酸由来の[H+]が10-7mol dm-3になると
pH測定に際して大いに影響あり。
これって結構典型的な問題で、こんなの高校の頃にやったな……
でもやれって言われてもパパッとできないのが情けない。
塩酸を水で希釈する場合、[H+]≧10-5mol dm-3のときは
水の電離平衡が酸のH+によって抑制されるし
酸により生じるH+に対して水に由来するH+は1%以下なので、
酸の電離で生じたH+だけでpHを求めることができる。
(濃厚溶液の場合、活量濃度が問題になってくるが)
しかし、[H+]≦10-5mol dm-3の場合
水の電離で生じた[H+]が、
酸の電離で生じた[H+]に対して無視できなくなる。
したがって、この溶液のpHを求めるには、まず
水の電離で生じた[H+]wと酸の電離で生じた[H+]aを合計して
全水素イオン濃度を求める必要がある。
水の電離で生じた[H+]w[OH-]wをそれぞれx mol dm-3とする。
この水溶液のHCl濃度は10-7mol dm-3、
したがって塩酸由来の[H+]aは10-7mol dm-3。
全水素イオン濃度[H+]t = (10-7+x) mol dm-3。
水酸化物イオン濃度[OH-]w = [OH-]t = x mol dm-3。
水のイオン積Kw = [H+]t[OH-]t = 1.0 x 10-14 (mol dm-3)2は
水溶液ならいつでも成立するので、(10-7+x)x = 10-14。
これを解くと、x = 0.6 x 10-7mol dm-3。
[H+]t = 16 x 10-8 mol dm-3。
pH = -lg(24 x 10-8) = 6.8。
酸性ではあるが……まず「pH7にきわめて近い」とは
どの程度のことを言っているのか、はじめに定義すべきである。
もし実験廃液の中和でpH6.8だったら、自分ならpH7とみなして捨ててしまうし
血液のpHのことを言っているのだったら
「きわめて近い」とか言ってる場合じゃないし……
化学するアタマ
ここ数年、化学に対する興味が明らかに薄れている。
買った本の履歴を見ていても、
ドイツに来て2年目のはじめくらいまでは化学の本が多かったが
いまでは化学の本なんてほとんど買ってない。
知らないことはまだまだたくさんあるけど、
特に有機の授業なんか聞いてると
「そんな細かいことどうだっていいよ。
必要になったらそのとき本を見ればいい」
と思えてしょうがない。
知識は思考の土台になる、
そもそも知識がなければ考えようがない、
というのは重々承知しているつもりだけど
一方でドイツで化学をやっててすごく思ったことは
「化学を学ぶことは、事象や既知の方法の単なる丸暗記である」
ということだった。
教科書を全部丸暗記できたら、たぶん卒業は難しくないだろう。
もはや化学に対する興味を失ったとしても、
化学は自分にとって
世界を解釈するための重要な手段であることに変わりはない。
でも、「化学知識をベースにしていかに考えるか」という技術、
「疑わしいものや不確実なものをどのように扱えばよいか、
その事実にはどのような法則性が潜んでいるか、
また、判断を下すためには対象についてどのように考えるべきかを
教えてくれる手だて(ファインマン)」としての化学(科学)に
自分が習熟しているとはとても思えなかった。
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この演習問題集を買ったのはいつだったか、どうやって見つけたのか、
もう思い出すことはできない。
そんなことはどうだっていいことだ。
自分に必要だから手元にあるのだ。
しかし買ってからあまり熱心には解いてなかった。
解くのに時間がかかるから敬遠していた。
だからといって逃げていたのではいつまで経っても上達しない。
この演習問題集には奇数番号の問のみ解答がついているので
偶数番号の問を解いてブログに載せてみようと思った。
ブログは、復習にはうってつけのツールだ。
というわけで、「化学するアタマ」のはじまり。